第3章

祥太郎、新たなチャレンジを始める

ESJへの参加によってそれまでの「思考の癖」が変化し始めた祥太郎。もしかしたらリノベーション分野で何か出来るかもしれない、、自分の特性を活かした、夢中になれる何かを・・。体の奥から今まで感じたことがないエネルギーが湧き出してきた。事務所に戻った祥太郎は早速、今現在のリフォーム、リノベーション業界の調査を始めた。すると新築並みに資金を投入してリノベする業者と無機質で面白みのない低質な改築を行う業者の両極が存在していた。えのさんとの会話で降りてきた「レゴブロックのような規格を組み合わせて、尚且つデザイン的にも優れてたものを創る」そのような業者、設計者はいないことが分かった・・。

祥太郎は事務所にいた。

早朝7時半。

しんと静まり返った部屋の中、
天井を見上げながら頭の中に浮かんでくる考えを一つ一つ整理していった。

えのさんは言ったよな、
「これからの日本、中古物件が溢れ返るんじゃないの?」と。

確かにデフレは収まる気配はないし、人口も頭打ちだ。
まあ、新築住宅需要がなくなることはないが、
これからは中古物件を改装し、安く、広く、快適に暮らす、
そんな選択をする人も増えるだろう・・。
既にリノベ業界はその匂いを嗅ぎ取って新規参入が相次いでいる。

果たして、、 今から俺が参入できる余地はあるのか・・。

そもそも俺がやりたいことは建築設計を通して自分を表現すること。
これをリノベーションの中でも可能だろうか。

そう、ここに俺の「思い込み」があるんだよな。
ゼロから創り上げることこそ最上であり、リノベ、リフォームは一段下の仕事、
そんな強い思い込みがある。

えのさんのコーチングセッションで、まさにそれを気付かされたわけだ。
視野を狭くしてるのは思い込みと決めつけ。
その思い込みと決めつけを手放せば想像以上の新しい世界が広がる。
俺は強く強く思い込んできた・・。

俺はオリジナル、世界で一つの作品を生み出す男、
それが自分の価値であり存在意義だと・・。

でも、本当にそうだろうか?

「うん、ただの思い込みなんだよな!」

祥太郎はそう呟いて笑った。
笑った瞬間、体が軽くなったような気がした。

その思い込みを作ってたのはそれまで歩んできた人生の様々経験、記憶。

それらがESJでの学び、
そしてえのさんのコーチングでホロホロと剥がれ落ちていった。

そして祥太郎は再び同じ質問を自分にした。

「今から俺が参入できる余地はあるのか、残されているのか・・」

その質問をした瞬間、頭の中に答えが広がった。

あれこれ言ってないで最初の一歩を踏み出せ! いつもお前は考えて考えて、結局はやらない、それを繰り返したきたんだよ、 胸の中に芽生えたワクワクするモノに従え! 仮に上手く行かなくても大したことにはならない、怖がるな、というか怖いものなどないんだよ! 先ずは調べろ、そしてビジネスモデルを作れ、多くの人が心浮き立つような魅力的なモデルを作るんだ、色んな人に会いに行け、そして情熱的に話すんだ、聞いてる人の体温が上がるくらい熱心に、心を込めて話せ、夢を語れ・・

事務所の壁時計の秒針が刻む音が
静かに部屋全体に広がっていた。

祥太郎は調査を開始した。

するとリノベ業界は二極化が進んでいることが分かった。
一つは有名建築家が手がける意匠を凝らした高級リノベーション。
そしてもう一つが所謂安さを追求した量産規格化リフォーム。

高級と低価格の間の隙間、この隙間に可能性がある・・。

祥太郎はその隙間にワクワクを感じた。

価格は抑えながらもデザインは諦めない、諦めたくない、
そんな人たちに訴求していく。

具体的にはどのような人たちだろう・・

・今住んでる家を格好良くリフレッシュしたい人たち

・競争が激しい中古住宅売買市場で差別化を図りたい業者

・空室率を低くする快適な住空間を提供したい大家さんたち

おお、そうだ沢山いる。
その人たちが笑顔になって驚くものを提供しよう。
低価格なのに高品質、規格化されているがオリジナリティあるものを。

レゴブロックのような感覚、組み合わせ自由、
組み合わせ方で様々なデザインが生まれる。

ブロックの組み合わせで限りなくオリジナル作品ができあがる、
建具や壁枠、立て付け家具などは規格品として製造するので低コスト・・、
よし、この線で「仕組み」を作ってみようじゃないか!

祥太郎は時間を忘れてビジネスプラン、仕組みを作り始めた。
そこには「食べていくため仕方なく」もなく
「無理やり頭の中で作り上げた嘘っぽい理念」もなく、
ただ心の中に生まれた純粋なやる気だけが存在していた。

祥太郎は今までしたことがないことを始めた。

いきなり電話でアポを取り建具製造者の工場を訪問したり、
耐震補強設計の勉強をし直したり、と
通常の業務の間にありとあらゆることを片っ端から片付けていった。

当然毎日目の回るようなスケジュールになったのだが、
不思議と疲れは感じなかった。

そしてこのような集中状態が出来上がった時に、
必要なことが必要な時に祥太郎の周りに現れたり、立ち上がったりした。

「歯車が回るとはこういうことなのか・・」

「不思議だ、今までどんなに努力しても現状は1ミリも変わらなかったのに・・」

「考え方を修正しただけで周りの環境が自然と整っていく、これは楽しいぞ!」

ESJで学んだラポールも極めて自然な形で出来上がっていった。
えのさんは「賢く努力をしろ」と語るが、
正しいベクトルの上で結ばれた人間関係が
夢の実現を加速させることを祥太郎は身を以て体験していた。

「座学じゃないんだよ、座学なら金と時間の無駄やん」

遼平の言葉の意味がやっと理解できた祥太郎であった。

お惣菜の店「マルタケ」にて

いきなり忙しくなった祥太郎だったが、その仕事の合間にどうしても行きたい場所があった。それは横浜弘明寺にある揚げ物屋、両親が営む店である。えのさんの「お父さんを許せないという気持ちは回り回って自分を許せないこと、つまり自分が好きじゃないってことかもね・・」という言葉が耳から離れなかったからだ。自分が好きとか嫌いとかビジネスに何の関係があるんだよ、、最初、祥太郎はえのさんの言葉に反発した。しかしESJの講義を受け、課題をこなし、えのさんのコーチングを受け、少しづつその意味を理解できるようになっていた・・。

横浜弘明寺。
古いお寺の前に広がる商店街。時刻は午後4時。

店先から漂ってくる食欲をそそる匂いを吸い込みながら、
祥太郎は商店街の中を歩いていく。

「もし仮に親を許せないなら、回り回って自分を許してないかも知れないな」

「自分を許さない、つまり自分のことを好きじゃない人は何かと苦労する」

「努力しても努力してもイマイチ上手くいかない、とかね」

祥太郎はえのさんの言葉を思い出していた。

人間関係が定期的に破綻するのも
セルフイメージの低さがそうさせているかもしれない・・、
そんな考えが頭の中をグルグル回っていた。

人通りが多い商店街の中心に老舗の魚屋があり、
その真横にある小さな惣菜屋、揚げ物屋。
ここが祥太郎の両親が営む店「マルタケ」である。
間口が4メートルほどの小さな店。
店先にはかき揚げや海老天が並んでいる。

祥太郎は静かに店に近づいていく。
店先にはせっせと商品を並べる初老の男がいた。

「父さん・・」

その祥太郎の声に初老の男は少し驚いたように顔を上げ、そして微笑んだ。

「父さん、元気か・・。近くに来たから寄ったよ」

近くに来たから寄った、これはウソである。

祥太郎は父親と話すためにこの店に来たのだ。
朝から決めていた。今日は弘明寺へ行こう。
そして父さんと話そう。
例え時間は短くとも
兎に角、会って話そうと決めていた。

「おう、久しぶりだな、少し太ったか」

しゃがれた声、白髪混じりの髪は
歳を感じさせるが、端正な顔立ちは相変わらずだ。

店の奥を見ると母親が必死に天ぷらを揚げている。
この店は母が調理をし父が店先に立って販売している。

祥太郎が高校生の時、父親の何度目かの事業が破綻した。

母は家計を助けるために働くことを決心し、
知り合いの魚屋さんの厚意もあり、
その魚屋の隣に惣菜売のスペースを作ってもらった。

そこで毎日天ぷらを揚げて生活費を稼いでいたのだ。
だからここの主は母親。父親は手伝う人、そんな仕組みの店なのだ。

「今忙しくない?」

「これからお客が増えてくる、まだ大丈夫だ。近くで仕事か、珍しいな」

「ああ、たまたま弘明寺を通ったのでね・・。父さん、今度の日曜の夜、うちに飯食いに来いよ、隼も大きくなったしさ、たまには一緒に食べるのもいいじゃん」

祥太郎は勢い良く一気に言った。
うちに来いよ、孫に会いに来てよ、と。

「おお、ありがとな、ありがと・・」

普通の親子なら当たり前の会話を大人になって初めてした・・、

祥太郎は胸の中から何かが手放されていくのを感じていた。

店の奥を見ると母が笑顔でこちらを見ている。

「母さん、日曜にうちに来いよ! 美晴も待ってるからさ」

祥太郎の母は何度もうなずいて手のひらを上下に振った。

時間にしてたった5分ほど。
店に寄った時間はたったの5分。

話した内容も大したことない。

でも、その5分が祥太郎の心の中に「何か」を蘇らせた。

いつまでも抱き続けているわだかまり。
それを手放して自由になれ。

一見経営と関係ないことを
えのさんはモザイクのように織り込んで話す。

同じことを話しても採用される人と採用されない人がいる。

同じサービスを提供しても売れる人と売れない人がいる。

そこには言葉で言い表せない「何か」がある。

科学的な経営手法は大切、それと同じぐらいマインドセッティングも大切。

祥太郎のビジネスはこの日を境に目に見えて滑らかに進むようになっていった。

番外編:遼平の物語 

物語の最後はガスト大倉山店。いつもの時間、祥太郎はいつものようにいきなり遼平に呼び出された。近況を話し合う祥太郎と遼平。ESJに通うようになって初めて遼平の進化の理由が分かったような気がした。「俺に聞くより俺の先生に習いな」、その遼平の言葉の意味を深く理解した祥太郎であった。学生時代から切れ者で誰かに何かを習うなんて無縁な遼平がなぜ1年も経営の勉強をしたのか。事業は順調だったにも関わらず・・。その理由を遼平が語り始める・・。

「祥太郎、ここやで!」

いつものようにいきなり呼び出された。
そしていつものように奥の席で遼平が手を振っている。

「ESJ卒業した? お疲れさんやったな」 いつもの伊勢弁である。

「いや、次が卒業式、来週だよ」

「そうか、まあ名古屋までご苦労さんやった。で、どう? 変化あったか?」

祥太郎はESJに参加したことで思い込みが緩み、
それまで考えもしなかったリノベーション事業への挑戦を始めたこと、
経営というものに全くの素人だったが少しだけそれっぽくなったこと、
そして、いつも悩まされていた焦燥感、恐怖心が消えたこと、
父親との交流が始まったこと、仕事でも不思議な巡り合わせが続いて、
なんと前職の大先生とも和解できたことなど、この120日間の変化を語った。

「遼平があの時教えてくれたからえのさんやESJの仲間たちと交流することができた、と言ってもこれからだけどな、これから実際に学んだことを実務で活かす番なんだ」

「祥太郎は杓子定規で物を考える傾向があるから今回のESJはいいタイミングだったかもな」

「ところで遼平、そもそもお前はどうしてその1年コースに参加することになったの?」

「ああ・・。いろいろ考える時期があってな。その時たまたま取引先の社長さんに紹介されたっちゅうわけや・・」

祥太郎の親友、石垣遼平は会社を立ち上げてから8年、
売上げは順調に右肩上がりで、五反田に借りてたオフィスはすぐ手狭になって、
これまで2回も移転している。

遼平は学生の時にeBayの取引きでビジネスを始め、
すぐに月100万以上を売り上げるようになった。
遼平はソツがなく、元からビジネスセンスを持ち合わせていた男であった。

eBayで商品を送る時、サンキューレターに鶴の折り紙を同封した。
それが外国人にバカ受けしてセラーの評価は上がりまくった。
このようなセンスを遼平は生まれながらに持っていたのだ。

eBayでは様々なものを取り扱っていたが、
その中でも美容機器が格段に当たることを実感し、
それをメイン商品にすることを決意、日本で設計し中国で生産、
自社ブランドとして自社独自ラインで売る、
このサイクルをあっという間に作り上げた。

ショップチャンネルでも大当たり、
一日の販売記録を更新する、まさに順風満帆であった・・。

しかし・・。

「社長、申し訳ないです、辞めさせていただきます」

これが石垣遼平が経営する会社の日常風景。

ガンガン入社しガンガン辞めていく、
その主な原因は遼平の社員に対する態度にあった。

「なぜこんな簡単なことが出来へんの?」

「最終的な判断は全部オレがやるから」

「いい加減、真面目にやってくれや」

遼平は苛ついていた。

自分のイメージに社員が付いて来ない。
予定ではもっと成長してるはずなのに、
社員が想定していたパフォーマンスをしてくれない。

次々と新製品を開発し、TVCMも打って事業を拡大したい、
でも社員が育たない、付いて来ない。

社内はいつもギスギスしていた。
遼平のプレッシャーに耐えきれなくなった者から順番に辞めていく。

そんな時期に遼平は取引先の社長から
「えのさん流MBA」を教えてもらったのだった。

「今さら勉強してもなあ、というかこういう類の勉強会って結局自己満足でしょ」

と参加する気がなかった遼平だったが、
昔から信頼してる社長の紹介ということで、名古屋まで通うことを決めたのであった。

「そのスタイルじゃそのうち成長は止まるな」

えのさんの言葉が遼平に突き刺さった。

「リョウヘイ、おまえは何でも自分でやらないと、全部自分が支配しないと気がすまないタイプだね、それではおまえの会社は今の規模で打ち止め、残念でした(笑)」

「まあ、大きくするだけが良いことじゃないし、規模にこだわる必要はないけどさ、リョウヘイは千人の会社を目指していい気がする・・。これは俺の勘だが」

「でも今のスタイルじゃ無理だし、社員が可哀想、社員はおまえの道具じゃない」

「ところでリョウヘイ、おまえは自分に匹敵するぐらいの切れ者をパートナーにすることはできる? それが最善と判断した場合、どこかの会社と合併する決断を下せる? すでに上昇気流に乗ってる会社と事業提携することはできるか?」

「別にどこかと合併しろという話ではない、考え方を柔軟にできるかと問うてるの? 少し考えみてくれ」

「というわけで俺もそれまでの思考様式、思い込みを何度も緩めてぶち壊すことを繰り返したのよ。何度も何度もね」

「そしたらな、考え方を変えたら不思議なルートでめっちゃ優秀な右腕が現れたんよ。不思議やで」

「モデリング習ったよな? 俺はえのさんをモデリングすることにした(笑)。そして常に頭を柔らかくして未知なるマーケットを探し続ける」

「MBAを受け始めてから3ヶ月経ったあたりから社内の空気が変わった」

「えのさんほど数字に強い人ってそうはいない。今でも財務コンサルをお願いしてるしな」

「とにかく、俺、面白いことやるわ。社員と一緒に真剣に心の底から楽しんでいくことにした」

「NBAのスター選手をCMモデルにして男性用の美容器具を売ってやろうとかさ、おもろいやん。時流を正しく捉えて、失敗を恐れず、繊細に、かつ大胆に。まあ俺がえのさん流MBAで学んだことはそんな感じやな」

「祥太郎、当たり前やが100年後、俺もお前もこの世にいない。今、存分にやろうや。妥協なく生きような」

深夜のファミレスは学生たちの笑い声で騒々しい。
時刻はそろそろ日付が変わる頃だ。

「ところで遼平、えのさんがヒップホップダンスのコンサートするって知ってた?」

「もちろん知ってるわさ。トライアスロンやったり、ダンスやったり、かなり変わってるよな」

「うん、変わってる。でも楽しそうだ・・」

「そうやな、めっちゃ楽しそうやな・・」

この物語はこれで終わりになります。

祥太郎も遼平も架空の人物ではありますが、この二人には
えのさんが今まで指導してきた数千人の若者の物語が織り込まれています。

最後までお読みいただきましてありがとうございました。

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