第2章

祥太郎、ESJ(えのさん流成功実現プログラム)に参加する

えのさん流成功実現プログラム、ESJに参加することになった祥太郎。会場は名古屋の都心部に設けられているので横浜からは新幹線で通うことにした。売上げアップにつながる何かを掴んで帰りたい、そんな意気込みで参加した祥太郎であった。60人あまりの仲間たちとの150日間。モデリングやラポールなど今まで聞いたことない言葉に戸惑いながら祥太郎は全力で課題に取り組んでいた。

ESJは少し変わったビジネストレーニングセミナーである。
講義は全6回、その中で「夢を持つ」「賢く努力する」「強い心を持つ」、
この成功の3要素を一般的なスクール形式の学習ではなく、
幾つかのチームに分かれて対抗戦を行い、
ゲームのように得点を競うことで楽しみながら学習していくシステムとなっている。

受講期間中、正確に言えば受講後もメンバー同士は
「ゆきちゃん」とか「たっくん」などのニックネームで呼び合う。
このことでセミナー会場内の空気が柔らかくなり、
お互いに話しやすい環境が出来上がっている。

メンバー同士はLINEでつながり、
受講生専用サイトで様々な情報を交換できるようになっている。
実はこのセミナー、講義と講義の間の期間が濃いのである。

研修所で学びました、でも日常生活に戻って忘れました、ではなく、
このインターバル期間における実生活での活動が参加者を成長させる仕組みになっている。

ESJには個別のコーチングセッションは組み込まれていない。
しかしセミナー内で発表を行う際に、えのさんから様々な質問がなされ、
適宜フィードバックが与えられる。

その発表者とえのさんとの問答は
「公開コーチングセッション」の働きをして他の参加者にシェアされる。

えのさんは所謂「正解」を求めていない。
求めているのは質問に対してストレートに答えること。課題を正しく理解してること。

多くの参加者はそれまでの思考の癖でストレートに答えることができないが、
回数を重ねるうちに驚くほど素直にレスポンスできるようになる。
祥太郎も何度も発表者として前に立った。

「前回から今回までの間、自己承認についてあれこれ考えました・・。そこでの気づきは、ああ自分はやっぱ努力が足らない人間なんだなあ、と・・・」

「ストップ! しょうちゃん、ストレートに答えて。いつも回り道する癖、自分で感じてる? その話の組立ては要らない。全体掲示板でもしょうちゃんは、やたら文章が長い。長い割には何を伝えたいのかイマイチ分からない。いや伝えたいことはアレだよね。僕はこんなに頑張ってます、みんなー、竹内祥太郎はこんなに努力してるよー、だよね。すごく損だ。しょうちゃんの中の何がそうさせてるのか・・。自分でじっくり考えてみて。はい、得点ナシ!」

祥太郎は全体シェアが苦手だ。
ただ不思議なことにえのさんからキツめのフィードバックをされても嫌な感じはしない。
これはESJの空気のせいかもしれない。

考えてみれば今までニュートラルな視点で自分を見てくれる人はいなかった。
コーチングとかも受けたことなかった祥太郎にとってESJは刺激的な場所となっていた。

えのさんは自由に会場内を移動できるように
トニー・ロビンスのようなヘッドセットを付けている。

このスタイルのおかげで両手が自由に使えるのでボディランゲージが豊かになる。
そんなえのさんが「モデリング」について話し始めた。

「同じ努力するなら賢く努力しよう、これ、もう何回も話してるよね。限られた時間内で最高のパフォーマンスを上げるには・・。今日お話しするのはモデリング。努力が無駄にならない最高の手法です」

「中途半端な人ほど最初から自己流、オリジナリティに拘るよね。俺は俺のやり方でやらしてもらいます、誰の指図も受けんってね」

「で、その自己流で目標を達成できればそれでいいんだが、大体の場合、残念な結果になることが多いし、仮に目標達成したとしてもとんでもなく遠回りしてたりするの」

「東京まで普通列車で行くのも、まあ面白いけどさ、新幹線使ったほうが速くて確実だね。仕事においても新幹線使えるなら使おうよ」

「ちゃんと資源を活用すること。あなたがやろうとしてることには、もう既に正しいやり方を知っている成功者、先行者が必ずいます。最初はその人をそっくりそのまま真似る。これがモデリングです」

「最初は素直に学ぶ。そして徹底的に真似る。妥協なく真似る。この真似る段階において自己流を出さないで、最初はとにかくコピーに徹すること。オリジナリティはその後でいいの」

このESJでは各グループに2人の「サポーター」がつく。
このサポーターはESJの卒業生がボランティアで参加している。

他のセミナーでもサポーター制を採っているところはあるが、
ESJのサポーターたちはとにかく精力的に受講生を支え続ける。

祥太郎のグループのサポーターであるマイケルはESJを受講した後に脱サラ、起業した。

「マイケル、今回でサポーターに入るの何回目なの?」

「4回目。独立してからは2回目だけどね」

「何回も入るって、やっぱ何かしらのメリットあるから?」

「うん、同じ講義でもその都度心に響くポイントが違うんだわ。しょうちゃんも感じなかった? 朝のランキング表彰、サポーターたちの本気の喜びよう、本気の悔しがり。当然、社業を疎かにしてる人はいない、みんな本気でこのゲームを楽しんでるの」

祥太郎がESJに通うのもあと2回。
今の段階で売上げは増えてない。少しばかり焦りを感じる祥太郎であったが、
これから良くなっていく予感は芽生えていた。

遼平が伝えたかったこと、あともう少しで解るような気がする。
あともう少し。もう少しで掴める気がする・・。

祥太郎の成長を邪魔してるもの ~ 無礼庵にて

ESJも残り2回となり学びを深める祥太郎。自分は何をしたい人間なのか、どんな事業展開が向いているのか、えのさんからより深く教えを受けたいと願い個別コーチングを申し込んだ。具体的な仕事の指導を期待して無礼庵に来た祥太郎であったが、えのさんが最初に切り出した質問は祥太郎の生い立ちについて。実は祥太郎は家族のことを他人様に話すのが嫌い。えのさんは数回の講義を経て祥太郎には幾つかの「ブロック」があると感じていた・・。

二度目の無礼庵。
今回は雲一つない最高の青空の下、快適なドライブだった。

ESJには個別コーチングは設定されていない。
全体発表が個別セッションのようになり、それはそれで有意義なものではあるが、
祥太郎はどうしてもえのさんとマンツーマンで話がしたいと願った。

そう、仕事のこと、売上げに関しては一向に改善してなかったのだ。

今日は絶対に「具体的な改善策」を持ち帰ってやる、
そう決心して個別コーチングに申込んだのだった。

「しょうちゃんとこって、二人兄弟だったよな?」

「はい、妹が一人います」

「そうか・・。で、ご両親は?」

「横浜の弘明寺というところで揚げ物屋をやってます」

「というと、しょうちゃんは揚げ物屋の倅として育ったわけ?」

「いいえ・・、揚げ物屋は母が15年前に始めまして、父は手伝ってる感じですね・・」

「お父さんは元々何をしてた人なの? 」

祥太郎は苛ついていた。
今日は仕事のことでセッションお願いしますと伝えてあったはずなのに、
えのさんは仕事のことを聞こうとしない。
聞こうとしないどころか、一番話したくない親父のことを聞いてくる・・。

「しょうちゃん、ゴメンね、仕事のことは後でまとめてやるからね」

おっと、この人サイキックか、やっぱ油断できないわ・・。
祥太郎は慌てて背筋を伸ばした。

「視線、まばたき、手の動き、声のトーン、姿勢、体の傾き・・。これらを注意深く観察するとその人の今現在の思考と感情が見えてくるの。これはコーチングの基本。しょうちゃんの苛つき、感知させていただきました」

そう言ってえのさんは笑った。

祥太郎と父親は軽い絶縁状態にあった。
父親は数々の事業にチャレンジし、失敗し、またチャレンジし、失敗する・・。
夢追い人の父親のせいで竹内家はいつも火の車であった。

「父さんのせいで母さんはいつも泣いてるよ!」

祥太郎が高校二年の時、父親と決定的な衝突をした。
そんな家庭で育った祥太郎。

自分がしっかりしなきゃダメ、負けちゃ終わり、頑張って誰にも馬鹿にされない人生を歩む。
祥太郎の考え方の奥底には子供時代の辛い記憶が積み重なっていたのだ。

「で、今はしょうちゃんが奥さんを泣かせてる、と」

「そんな・・」祥太郎は絶句した。まさかまさかの切り込みだ。

「間違ってたらゴメンだけど、しょうちゃんってお父さんに似てるって言われたことない?」

「はい・・、母親に言われました・・。無計画で突っ走るとこがソックリだと・・」

「だよね、そんな感じしてた。いいよ、親子なんだから似てて当たり前、むしろ自然だ。講義で自己承認の話をしたよね。覚えてる? 結局うまく行く人とうまく行かない人の差って自分をどのように捉えてるか、なんだよ」

「お父さんを許せない、その気持ちが今も強く残ってる、要はそのわだかまりの感情を何時まで持つつもりなんだ、ということ。持ちたけりゃずっと持ってていいんだよ。こちらからこうしなさい、ああしなさい、とは言わないから。すべて自分で選択していく世界だ」

「ただ、何回も話してるように心の中にある重しのような記憶は、何かを判断する時、何かを実行していく時に邪魔になることが多いの。ビジネスマンにとってかなりのマイナスだよね・・」

「お父さんを否定して今後も生きていくのも自由、少し変えてみるのも悪くない、どちらにしても自分を心の底から好きになるにはどうしたらいいんだろう、と自問自答してみるのもいい」

「おい竹内祥太郎、俺はお前のことが好きだぜ! と自分に向かって言ってみる・・、まあ、なんか恥ずかしいけど、今もの凄く大事なこと話してるよ」

「前にも聞いたことあるけど、何故独立しようと思ったの?」

「最初からいずれは独立しようと考えてました。業界では普通のことです」

「またズレた答えをした・・、まあいいわ、で、円満退社だった?」

「いいえ・・、一年半モメました」

「前職との交流は無し、と。なんかお父さんとのケースと似てるよね。というか繰り返すよね。パターン。思考のパターン。行動のパターン。同じことを繰り返しながら人生は進んでいく。わざわざここまで学びに来てるということはそろそろパターンを変えませんか、というサインが出てると思うけど、まあ気づいて行動するのは本人次第ということだね」

「それからね、しょうちゃん、『誰にも負けたくない』という自分憲法も手放してみたらどうかな。前にも言ったけど、その思考も邪魔くさいよな。いつも勝つ人は『負けたくない』なんて思ってない、普通に『勝つ』と思ってる」

仕事がうまく行かないのは親父との関係性と絡んでるのか・・。

祥太郎の胸の中に熱いものが生まれ、それがゆっくりと腹の中に落ちていった。

思い込みを緩めろ、そうすれば自然にチャンスが広がる

個別コーチングは後半に突入した。えのさんの指導はマインド面のコーチングと実務コーチングの両輪で行われる。祥太郎は依然として現在の事業スタイル、つまり新築案件をいかにたくさん受注するか、そのことばかりを考えている。ここにも無自覚な思い込みと決めつけが見え隠れしているのだが、当の祥太郎は気づいていない。視点を緩めれば今まで見えなかった風景が見えてくる。えのさんの質問を浴びるうちに祥太郎の中に今まで存在しなかった何かが芽生え始めた・・。

「じゃあ後半は二階の道場で話そうか」

えのさんはそう言って祥太郎を二階に案内した。
そこはセミナールームになっていて経営者の勉強会はここで行うという。

静まり返ったその空間は独特の雰囲気が漂っている。
聞けばこの部屋のテーブルは伊勢神宮の式年遷宮の際に下賜された木材で出来てるという。
祥太郎が感じた神気の理由がそこにあった。

壁には印象的な毛筆の書が飾られている。
一文字が幾つかの文章で出来上がっている不思議な書で、
そこからエネルギーが滾々(こんこん)と湧き出している。

「さて、しょうちゃん、相変わらず売上げは低調であると・・」

「はい、どうにも営業ルートが広がりません。努力不足かもしれませんが」

この業界は所詮パイの奪い合いだ・・、これが祥太郎の業界観であった。
いかに上手く集客するか、いかに建設会社と良好なパイプを築くか。

えのさんは「もちろんその通りなのだが」と前置きした上で、
「でももしかしたら今気づいてない売れる領域があるかもね」と祥太郎に問いかけた・・。

「ちょっと視点を引き上げてみようか・・。これから日本はどんな社会になっていくと思う? その通り、高齢化社会が進むよね、そしてデフレは収まりそうにない、ますます価格競争だ」

「増え続ける中古住宅、中古マンション。アパマンの大家さんは空室に怯えている・・」

「もちろん日本だから耐震化工事は避けることが出来ないよね? そんな流れの中で祥太郎が持ってる強みをどう発揮していくか、だ」

「そもそもだ、しょうちゃん、新築案件こそが仕事でリフォームはその下、みたいな決めつけや思い込みってない?」

また出てきた「決めつけ」「思い込み」。

確かに、祥太郎は
新築案件を受けて、デザイン性の高い作品を施主様に提供する、
これに喜びを感じていた。

そして知らず知らずのうちに改築案件を一段下に見ていたかもしれない。
一度思い込んだら中々考えを変えない、
そんな自分の資質はESJを受講したことによって自覚できるようになっていた。

リフォーム、リノベーションでも自分が熱中できる領域はあるのか。
もしあるとしたらどのような切り口で市場開拓をしていけばよいのか。

実はリフォーム、リノベーションに対する見方が変わった出来事があった。
前回のESJの帰り道、セミナー仲間のゆきやんと入った居酒屋。
良い感じで古さを残し、でも洒落てて、落ち着いてる。

「ゆきやん、この店って昔からあるの? すごく繁盛してるね」

「この辺りの居酒屋、レストランはつい10年ほど前は民家だったんだ。ここは名駅3丁目という所だけど、新築なんてほとんどない、リノベしたものがずらっと並んでるの・・・」

えのさんはホワイトボードにマトリクスを書き始めた。
横線の左端に低デザイン、右端に高デザイン、縦線の上端に自由設計、下端に規格化物件。

「要するにしょうちゃんは、高デザインは自由設計でしか実現できないと信じているんだよな。強い思い込み。でも、もしこのマトリクスの右下の領域、つまり高デザインの規格化物件が可能ならワクワクできるかもしれない、そんな話だ」

「レゴブロックのように自由自在に組み立てていく形で、尚且つデザインもいい、住み心地最高、そんなものって可能だろうか? 可能性を探ってみる価値はあるか? 規格化と低価格はリンクしてるし、考えてみていいかも」

祥太郎は体が軽くなるのを感じていた。
よし、早速考えてみよう、リサーチすることに何のリスクもない。

「思い込みが緩むと新しい世界が見えてくる」、
祥太郎はえのさんが繰り返し言ってた言葉の意味を初めて体感した。

こうして二回目の無礼庵訪問は内容満載で終了したのであった。